
手外科
手外科
「手外科」とは整形外科の中でも上肢の疾患を対象とし、その細やかな機能を再建する外科です。手術用の顕微鏡やルーペを用い神経や血管の縫合、腱の縫合を行ったり、径の細い特殊な関節鏡を使い、手指関節の痛みを取り手の機能を再建する分野です。麻痺に陥った手の機能を再建するために腱の走行を付け替える「麻痺手の再建」も手外科の重要な分野です。当クリニック開設時には手外科指導医としての経験や手技を捨ててはならないという使命感をもとに手術室を設置し、これらを実施可能な特殊な手術機器を導入しています。肘関節外科医、肩関節外科医としての経歴も長く、上肢外科として肩肘の疾患も十分対応しますが、それらの基礎となる技術は手外科医としての経験がプラスとなっています。
小ぶりな手の女性で手指をたくさん使う方に多く発症します。使い過ぎが原因ですが、ばね指・手根管症候群・母指CM関節症はそれぞれ合併し混在していることが多くover use syndrome(使い過ぎ症候群)として認識されます。手のひら側の付け根の痛みや圧痛、バネ現象と呼ばれる引っかかりが主症状で、反対の手で戻さなければ伸ばせないほど重症の場合は殆どが手術適応です。治療にはステロイドの腱鞘内注射が多く行われますが、3回以上繰り返しても治らなければ日帰り手術として腱鞘切開術の適応となります。腱鞘切開術は30分ほどで終わり、10日ほどで抜糸となりますが、炊事にはゴム手袋の着用等で水没させないようお願いしています。
母指を反らす腱と開く腱の2本が手関節の腱鞘というトンネルの中に所狭しと並んでおり、それらが炎症を起こし腫れることで発症します。雑巾が絞れないといった症状が出ますが、やはりこれも使い過ぎが主体です。治療はばね指と同様ステロイドの腱鞘内注射が中心ですが、難治性の場合は手術療法を行います。また、手関節を手のひら側に曲げた状態で力を入れ続けることでも発症します。お子さんやお孫さんの抱っこで左手関節を折って抱き続けるとドゥ・ケルバン腱鞘炎になりますので、その場合は抱っこの仕方を変える必要があります。バイオリニストが発症するとなかなか治療が難しいので、御相談ください。
ガングリオンは、手指の付け根や手関節の甲側(手関節背側)、足背にできる小さな瘤です。腱鞘炎に合併することも多く、米粒大から小豆大の丸いこぶを皮下に触れます。足背のものは大きく育つ傾向にあります。治療は注射器で内容物の吸引をして減圧しますが、再発率も高く、やはり使い過ぎといった根本原因を回避することも大切です。手関節背側に生じたガングリオンは手をつくと痛みを伴うことが多く、手術で摘出することもしばしば経験します。
手根管症候群は、先に述べたように小ぶりな手の女性に多く、手関節の腱鞘炎の結果、同じ空間(手根管)を通る正中神経が障害される、といったような疾患です。杖を付く手に発症することも多く、注意が必要です。示指中指の指尖部(指先)の痺れ、母指の痺れ、薬指の痺れの順に頻度が高く、夜間や明け方に手指のしびれ痛みで目が覚めるといった症状も多く聞かれます。進行すると親指の付け根の筋肉(母指球筋)が麻痺となり萎縮するため、親指に力が入らなくなり物がつまみづらくなったり、何を触っているかの感覚が消失していきます。早期診断が重要で、当クリニックでは神経伝導速度検査という特殊な検査機器が常設してありますので確実な診断確定が可能です。軽ければ手根管内ブロックで軽快しますが、手術治療になることも多い疾患です。手術は日帰りで可能で、症例に応じて内視鏡下で行ったり、25mmの小皮切で行ったりします。手術時間は1時間前後ですが、手術までの待機期間が長いと術後の回復に悪いので、できれば運動神経麻痺に至る前に手根管解放術を行う方が良いと思います。母指球筋の萎縮が高度な場合は母指の対立再建手術を同時施行し、手の機能再建を行います。
肘部管症候群は、手の尺側(小指側)から小指にかけての痺れが中心で、進行すると手指の開排(閉じたり開いたり)が出来なくなります。また、親指と人差し指でものを強く挟むことが出来なくなりますので、お箸がうまく使えなくなったり、文字が書きづらくなったりします。子供の頃の肘周囲の骨折がもとで内反肘や外反肘に合併することも多く経験します。この疾患も早期診断が必要で、当クリニックでは神経伝導速度検査を行い神経のダメージ具合を定量しますが、保存治療で治癒することは稀ですので、早めの手術が望まれます。運動神経麻痺まで来している場合は人差し指の根元に別の筋肉をつなぐ特殊な手術を追加することで日常生活での手の使い勝手を改善させます。
成長期にボールの投げ過ぎによって起こる肘の投球障害です。2000年頃はかなり厳しい投球数の制限をリトルリーグにお願いしていましたが、最近はおざなりになっているケースも散見されます。関節内の軟骨が壊死に陥り、野球を続けられなくなるどころか、成人してからの肘の痛みや可動制限のリスクがあります。関節ネズミと呼ばれる「遊離体」が関節内に複数転がっている状況になると、突然肘が伸びなくなったり、曲げられなくなったりといったロッキングが見られます。遊離体だけであれば日帰りの関節鏡視下手術で摘出しますが、大きく関節面が凹んでしまっている場合は肋軟骨移植といった特殊な手術が必要になります。10年以上前から野球肘検診として野球の試合会場にエコー機器を持参して、早期診断を積極的に行っている医師も増え、多くの子供たちが悪化する前に連投を回避できるようになったのは僥倖です。投球フォームの見直しや、野球肘回避のためのリハビリテーションも確立されてきました。野球肘に関しては日本が世界のトップランナーと言えます。
ものを掴んで持ち上げる動作やタオルや雑巾を絞る動作をすると、肘の外側に痛みが出現します。テニス愛好家に多く見られましたが、最近はパソコンのキーボード打ち込み作業が原因のことが多いです。手関節を甲側に折って(背屈)手指を酷使すると発症しますので、アームレストの使用や、キーボードを大腿部の前(膝に近いところ)に設置するような、手関節を真っ直ぐの姿勢で作業することが推奨されます。手関節や指を反らせる筋肉と上腕骨のつなぎ目に引きはがしの力が加わり続け、そのつなぎ目で出血や炎症を起こすことで発症しますが、難治性の場合は内視鏡で関節の裏からこれらの部位を廓清することで治癒への道筋をつけます。もちろん手術以外にこれらの筋のストレッチも重要ですので当クリニックでは積極的なリハビリ介入プログラムを準備しています。
TFCC(三角線維軟骨複合体)は手関節の小指側の位置にあり、前腕を構成する二つの骨(橈骨と尺骨)の間をつなぎとめる、靭帯と軟骨の複合体で、バイク事故や転倒で損傷されます。なかなか痛みが引かない手関節尺側部痛(手関節の小指側の痛み)や、小指側に手首を傾けると痛いといった症状がある場合はTFCC損傷を疑います。悪化すると前腕の小指側の骨(尺骨)が亜脱臼するようになり、ものを持つと痛みが生じたり雑巾を絞ることが出来ないといった症状が見られます。診断にはエコー検査やMRI検査が用いられますが、生来の骨のバランスとして尺骨が長く手をつき上げている症例も散見されます。治療は関節鏡視下手術で切れているTFCCを縫合したり、尺骨を5mm程度短く切る方法が取られますが、重症例は腱を尺骨の中に誘導して関節を安定化させる手術を行います。これも早期診断・早期治療が重要ですので、早めの受診と各種検査をお勧めします。
母指CM関節症は、診断できる医師が限られていたこともあり、長年放置されてきた病態です。私の恩師である二見俊郎教授が生前「母指CM関節に対する第一中手骨対立位外転骨切り術」を開発し世界的に注目され、当時大学の手外科班だったこともあり数多く拝見させていただきました。今では小径の関節鏡が開発されましたので、CM関節鏡視下手術と二見教授の第一中手骨対立位外転骨切り術を組合せ、チタンロッキングプレートを使い早期運動を可能にし、強いピンチ(つまみ動作)と可動性、除痛といった複数の同時達成を目的に症例を重ね一定の成績を収めています。2025年3月にワシントンD.C.で行われた米国手外科学会IFSSH-IFSHTという国際学会で、主演題であるシンポジウムでパネリストとして発表させていただき、1時間のセッションのなか英語の質疑応答に対峙してきたのも良い思い出です。海外ではCM関節の人工関節が流行しており国内の導入が待たれます。前任の病院では人工股関節センター長として肩関節リバースショルダー、前側方アプローチによる人工股関節置換、PMIによる人工膝関節置換とインプラント治療をメインに携わっていましたので、国内導入時は当クリニックで人工CM関節置換が行えるよう準備してまいります。
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